17.自覚




祥太郎は手の中に残ったピンクの鉢巻を見下ろしてため息をついた。
同じ仕事に携わるのだろうに、別々の方向に進んだ直哉とナツメは、お互いを振り返りもしない。
あの厄介な二人を一手に扱わないといけないのだろうか。そもそも自分は運動会に参加するつもりは毛頭なかったのに。

げんなりしながら顔をあげると、蓮と目が合った。
蓮はいつもの大人しげな微笑を浮かべて祥太郎に近づいてきた。額には祥太郎と同じピンクの鉢巻。ただし色白の蓮の秀でた額には、ピンクはあまり目立たない。

蓮は祥太郎に抱えていたプリントを一部渡してくれた。これが今日の大会のプログラムらしい。

「ナツメが何か…ご迷惑をかけていませんでしたか?」
「うー、ご迷惑って言うか…、ご迷惑は直哉君の方なんだけどな〜。」

祥太郎は直哉を振り向いた。見事な統率力を発揮して、たむろしていた学生たちを分けていく直哉は、祥太郎の方を見もしない。
祥太郎は口を尖らせた。それはそれで気に食わない。

「先生もピンク組に入ってくださるんですね。」
「や、入るっていうか、入らされたっていうか…。」
「ナツメは先生が本当に好きだから喜びます。」

そう言って微笑む蓮の顔に、一瞬悲しげな表情が浮かぶのが見えた。

祥太郎は目を見張り、それから小首を傾げて蓮を見上げた。この、素直でない教え子にちょっぴり意地悪をしたくなったのは、自分の気分が波立っていたからかもしれない。

「ナツメ君が喜べば、君は何でも我慢できるの?」

声が少し笑いを含んでいたかもしれない。蓮がわずかに顔を強張らせた。

「僕が誘えばきっと、ナツメ君はどんな競技も一緒にやってくれるよね。」
「……そうですね。ナツメは先生が傍にいてくれるのが嬉しくてしょうがない様子ですから。」
「じゃあ僕、出る競技全部、ナツメ君を誘ってもいいかな。」

蓮の返事はない。ただ握り締められたパンフレットに、静かに皺が寄っていくだけだ。

「松本君、自分で言っていたじゃない。目標のために努力するって。欲しいものは自分で手を伸ばさないと、捕まえられないんだよ?」
「だって…僕が伸ばす手を、ナツメは振り払うんです。」
「がっちり捕まえないからいけないんだよ。しがみ付いて離さないくらいの必死さがなくっちゃ、君の想いは伝わらないよ。」
「想いって…だって僕は…。」

蓮の頬が染まっていく。言葉を呑んでしまった蓮を前に、祥太郎は自分の言葉を反復していた。

自分に、しがみ付いて離さないだけの必死さがあるだろうか?

いつの間にか会場が整って、軽やかな音楽さえ流れている。祥太郎は振り向いた。隼人が大きな声を出して、ピンク組の集合を促している。

「行こう、松本くん。みんなが呼んでる。」

祥太郎は蓮の手を握った。大きな手のひらがびっくりしたように跳ねた。
蓮の顔を見上げてにっこり笑うと、蓮の顔にほんの少し、強い色が浮かんだようだった。





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